店長のプロフィール&自分史☆
このマイペース更新のブログを書いている店長とは?

始めまして!もしくはこんにちは☆
【花瞼 KAKEN】の古林と申します♪
こちらでは私の事、お店を持つまでの経緯を書かせて頂きました。
思った以上に長くなりましたので、ご興味のある方のみお読み下さい(笑)
名前:古林 万由子
1981年11月6日生まれ。
出身:横浜市。
特技:テレビが無くても困らない。しかしDVDデッキが使えなくなると相当動揺する。
悩み:新品の電化製品を原因不明で壊してしまう。
自分の性格:人と同じ事に安心するのではなく、自分と違う部分に惹かれる。それゆえお付き合いしていただいている知人は、サラリーマンより個人事業主タイプ(劇団員・芸人・事務所経営など)の方が多い。
☆店長の趣味☆
・舞台鑑賞(ミュージカル、バレエ、発表会など何でも)。特にフジコ・へミングさん(ピアニスト)、西村智実さん(女性指揮者)の舞台が好き。(逆境を乗り越えてなお戦い続ける女性は美しい)
松本幸四郎さんの歌舞伎や「ラ・マンチャの男」、鹿賀丈史さんの「ジキル&ハイド」、美輪明宏さん監修の舞台はどれも素晴らしい☆
・北野武さんの詩集と画集収集。
(芸人を超えた芸術家です。映画はバイオレンス系が多いので苦手)
・洋館巡り、公園散策。
・半年に一度行うホームパーティー。
・夢を追っている年下を勝手に応援する。
・百貨店のリビング売場巡り
(お陰でよく知り合いに遭遇します)。
【座右の銘】
「自分という作品を一生かけてつくるのは自分である」
【尊敬する経営者】
飯田 亮氏(セコム創業者)
店長のこれまでの自分史(かなり長いです)
※ご興味のある方のみお読み下さい☆
■出生~学生時代
神奈川県横浜市の幸せな一家、3兄弟の末っ子で育ちました。
優しい両親、頭の良い姉、天然だけど筋が通っている兄。
家庭環境は大変良い方だったと思います(感謝感謝)。
幼児の頃よりお芝居ごっこや外で遊んでばかりしていたため
勉強は全く出来ず、大手塾から「成績を上げさせる自信が無い。」と
入塾を断られるほど成績が悪かったです。
さすがにこの時に母の怒りの雷が落ち中学生で始めて地元の中堅学習塾に入らされます。
(ここで1つ、能力主義の影響を受ける)
その塾の考え方は、完全な成績順やクラス内競争!
いつも成績ビリだった私の席は、最前列・中央(つまりは黒板の真ん前)...
また先生が元ヤンキー(今思うと本当に良い先生でしたが)で
もうとにかく怖くて怖くて、その席から逃げるために必死に勉強しました。
かなり後ろ向きな動機でしたが;
一年後にはなんとか成績トップのクラスで一番後ろの席をキープするようになりました。
当時のこの塾の方針としては、生徒たちに宿題の答えはあらかじめ配布しておき、問題が解けなかった場合は「どの段階で間違えたのか」、「なぜその答えになるのか」、など「正解する事」よりも「解決するまでの過程」を自発的に勉強させてくれるとてもいいやり方でした。
ところがこの中学時代に思わぬ事が起こります。
父が病気になり手術のために入院、そして会社を退職することになりました。
高学歴(灘高、阪大卒)、バブル真っ盛り時に大手企業(某自動車メーカー)に勤めていた父の病気による退職は、自分にとっても驚きではありました。
「大企業といえども、病気をするとクビを切るのか。」
15歳の時のこの印象が、のちの就職活動に多少なりとも
影響を残したのかもしれません。
その後父は外資系企業に転職、タイに単身赴任することになりますが、母は父の生活の面倒を見るために定期的にタイへ、姉兄は自立していた事もあり私一人で留守番&お弁当は冷凍食品のピラフやりんごを切ったものだけ、という事もやっていました。
(決して母が何もしないでタイに行っていたわけではなく楽しんで貧乏ごっこをしていた感じです)
※のちの独立時はこれに近い食生活をしていましたが、
この時の経験があった事もあり辛くても不運とは思いませんでした。
そして地元高校入学。
時はルーズソックス全盛期!右を向いても左を向いてもルーズソックス!!
その流行にどうしてもついて行けなかった私は
結局3年間ルーズソックスを履くことはありませんでした。
(おかげでかなり変わり者として扱われる)
そんな相変わらずのマイペースさで、よく授業中に文庫本を読んだり授業を抜け出して図書館で寝ていたりました。
■人生の転機
大学は、マンモス校日本大学に入学します。
入学後は典型的なキャンパスライフ!
とにかく同年代の友人や彼氏と遊ぶことが楽しく、授業には出ずにバイトと遊んでばかりしていました。
(今までに体験したアルバイトは10種類近く。コンビニ、郵便局、資格学校の事務、ティッシュ手配り、レンタルビデオショップ、軽作業、選挙受付、スーパーで食品の拡販、その他・・・働くことは楽しい!)
しかし、程なくしてやってきたのがそんな甘ったれた生活の罰。
思えば私の人生の転機でもあったといえます。
大学3年生の時に事故で顔を怪我してしまい1年間休学をする事になりました。
大好きな友人たちと一緒に卒業が出来ない・・・
就職活動にひびく・・・
親に余計なお金を負担させてしまった・・・など、
怪我をしたショックと、世間の道から外れてしまった様な感覚に陥り、
この一年間の生活は乱れ自暴自棄になり、体は痩せ細り精神的にも
大いに荒れてしまいました。
(当時の、家族・友人には本当にご心配おかけしました)
しかし出会いやきっかけというものはいつでもあるのですね。
この時体験したビリヤード場でのアルバイトで衝撃を受けます。
そこは自由人と趣味人の世界。
夜のネオンも華やかな横浜の繁華街。
男と女と外国人が夜を楽しむために来るお店。
今までほぼ同年代の、同じような家庭環境の人しか付き合ってこなかった私(それに気が付いたのもこの時)ですが、そこで働いていたのは、
10代でメイクアップアーティストを目指す中卒の女の子。
自分の意見をしっかり持って仕事の要領が本当にいい仕事人。
10歳の息子(奥さんの連れ子)がいる、当時24歳の男の子。
息子と一緒にビリヤードを楽しむ見事な父親っぷり。
その他多くの人達と一緒に働くことが出来ました。
そのアルバイトで感じたことは、
「大学生活が全てではない・・・。」
「レールを外れたと思っていた自分が、いかに小さい世界しか知らなかったのか。」
「高校に行っていなくても、自分より年下で頭がよく家族を持ち責任を持って仕事をする人達がたくさんいる。」
一見当たり前に思えることでも、実際に身をもって実感したのは
この時でした。
そして大学に復学し、友人がすでに卒業した中で新卒の就職活動を始めます。
大手企業からベンチャー企業まで、約150の会社を訪問。
特に社長や創業者の話を聞くことが楽しくて、1日に2~3社訪問しました。(交通費だけで貯金を使い果たす結果に・・・;)
社長が出てくると分かれば個人株主説明会にもちゃっかり参加しました。
![]()
→約150社の会社訪問を記録したノート。
当時と現在の会社状況と見比べるのが密かな楽しみ☆
当時は、1年間大学を休んでしまったことに対して後悔はしていなくても後ろめたく感じていたのかもしれません。
とにかくあの1年間を無駄にしないように、就職活動も絶対失敗しないように、力を入れて活動していましたが、逆にそれが自分の進路を決められなくしていたようです。
実際に選考に進んだのは数十社、個人面接を受けたのはたったの1社、そして内定0社・・・
同じ大学の友人もいない中で焦る大学4年生の秋に行われた
フランスのリヨン市と横浜市の文化交流会に参加したことがきっかけで、
またしてもカルチャーショックを受けます!
「なぜこんなに日本と違うのだ・・・。」
街並み、建築、窓の形、人々の髪・目の色、全てが日本と対照的・・・
ここから日本文化、異文化に興味を抱くようになりました。
帰国後はひたすら図書館に通い、異文化論、西洋建築、日本美術、
など様々な本を読み漁り、この辺りから外国・日本文化と関わる
仕事がしたいと思うようになりました。
花婿役は日本語を学ぶフランス人学生さん。
袴を初めて着た彼の感想は、
「せまい...。(日本語)」でした☆
■社会人(OJTなんてかっこいいものではなく...)
結局新卒入社はせず、大学卒業後は日本製洋食器メーカーの
アルバイト販売員として新宿伊勢丹への出向が決まります。
しかし、これが面接をした次の日から現場配属!
しかも担当するメーカーのスタッフが他にいないので、いきなり店長!!
今思い返しても、これには本当に苦労しました・・・
その先月までは学生だった私です・・・。包装の仕方も
電話のとり方も、しかも販売する商品の事も冠婚葬祭の一般常識も
一切分からないままの配属でしたから・・・;。
周りは他のメーカーさんの販売員のため自分が扱う商品について教えてくれる人もおらず、逆に何度も迷惑をかける事に。
頼りの本社ははるか電話の向こう。しかも会った事も無い人達...
案の定、配属から次月は過去最低の販売成績を記録・・・
営業役には責められ、百貨店側からは冷たくされ、しかも時給制で限られた生活の中、初めて一人暮らしを始めたばかり。
あの時、夜中に部屋で弱音を吐きながら一晩中泣いていた事を今でも覚えています(^^;
本当に辛くて仕事を辞めてしまいたかったですが、
どうもここで吹っ切れ(逆切れし)たらしく
まるで振り子が振り切れてしまったように仕事に没頭することに!!
恥も外聞も捨て現場で早急に基本知識・一般常識を体得し、在庫表を作りストック場に商品の写真を貼り、自分が休みでも売り上げが出せるような環境を作りました。
本社には自分たちの扱う商品のマニュアルすらないと分かれば自分で直接工場に連絡をして質問を繰り返し、商品マニュアルを自作。
そして約1年半年後、
ついにはその配属先で過去最高の売り上げを記録!
また洋食器のみに限らず、テーブルウェア(テーブルクロス、リネン、照明、家具などなど)や西洋の歴史、時代背景に惹かれ、独学でテーブルコーディネーター基礎コース資格を取得もしました。
またこの仕事を通じて、洋食器を使い始めた人達の生活環境の変化や
一概に洋食器といえども、様々な歴史や文化、原料に影響を受けて
存在し、またそのバックグラウンドを知らずに使用している人達が
いかに多いかを実感しました。
実にやりがいのある仕事になっていましたが、その後、仕事が人一倍厳しいとされる、とある英会話業界の会社に転職。
(ちなみに当時の私のTOEIC®スコアは250...書くのも恥ずかしい;)。
その会社では、夜逃げする新人もいるほど仕事が厳しい・・・(←本当の話)
職種は学校運営者(マネージャー)、スタッフは一人(自分)だけ。後は講師達が3~6人。
仕事内容は、学校の生徒募集の宣伝計画から既存生徒のカウンセリング、講師のスケジュール管理・営業数値管理、学校運営経費支払い、受付窓口、アルバイトの面接、などなど多岐にわたります。
約2週間の研修後、中部地方の約130名の生徒が在籍する学校に配属になりましたがそこがまた試練の始まり!正直地獄のようでした・・・;
前任のマネージャーが引継ぎ資料も何も残さず退職をしてしまった上
2ヶ月間責任者不在が続いていたため、配属直後から学校の生徒さんから
「クレーム!クレーム!!クレーム!!!」×130名分。
と、まるで飢えた獣が食物に食いつくかのような勢い・・・
講師たちの労働時間が越え給料問題があったり、違法契約があったり
半年前の実力テストが未添削のまま引き出しに入っていたり・・・←これを発見した時、初めて「顔から血の気が引く」瞬間を体験しました。
とにかく問題が発覚しない日は無し!
その上本社からは一日約100通近くのメールが届き(そのうちの50通は他の学校の契約成立を知らせる速報ではあったが)、新規入学希望者への対応、既存生徒のカウンセリングの合間にノルマ達成のための計画を練り、生徒募集の宣伝のために業者と連絡をとり...という激務。
しかも学校では自分が最終責任者のため、クレームを本社にまわす事も、責任から逃げる事もできず、毎日「もう無理!助けて!!」と富士山に向かって言っていました ^^;
講師たちの協力も得て半年かけて学校内の環境を整備し、
やっと生徒さんからも信頼してもらえることになりました
(本当は本当にいい人達でした)

←海外研修時
ハリーポッターとバットマンのつもりの外国人講師達↓
そこではとにかく膨大な仕事量をこなすための優先順位のつけ方(完璧主義は仕事の弊害)、![]()
(今でも仕事をする上でお手本にしているのは、この幹部達の行動力)
またこの時の同期には、現在もこのサイト作りを手伝ってくれています。
そんな弱肉強食・完全実力主義の世界でしたが、思えば・・・
・大雨で2両編成の電車が無人駅に停車し、深夜3時まで閉じ込められひどい風邪をひいた事。
・色々助けてくれたカナダ人講師と生徒さんの婚約発表。
・台風で休校になった日、生徒さん全員に休校の連絡が終わった時に初めて私達スタッフが学校に閉じ込められた事に気が付いた事。
・学校でダニ駆除剤を使ったら警報機がなり、危うく消防車が来るところだった事。
・アメリカ人講師のクリスマスパーティー逃走事件。
・海外研修時、会長同席のカラオケパーティーで抜け出して外のバーで飲んでいたのを同行の上司に見つかりこっぴどく叱られた事・・・。
などなど、短い間に(書き切れないほど)色々の事がありましたが
今では本当にいい思い出です。
その後、たくさんのご縁とご協力を頂いて、
はれて独自のサイトもオープンすることができました。
現在は洋食器選択のコンサルティング、
高級洋食器・インテリアのレンタルショップ【花瞼 KAKEN】の運営、
年齢を重ねるごとに大変な事が増えていきますが、
また人生も楽しくなってきています。
■ぜひ現在の大学生に言いたいこと■
今年の就職活動を漢字で表現すると「苦」らしいですが、
こんな時代だからこそ逆に自分と真剣に向き合えるいい時期
だと思います。他人と比べると「負け」という結果になっても、
自分をしっかり持って頑張ればそれは「負け」にはなりません。
また「負け」から大逆転する事もたくさんあります。
言い訳だけはしないで、自己分析などで過去を振り返らず、
これからの自分がどうありたいのか考え理想に向かって頑張ってください。
Keep on smilimg,
and
Enjoy anytime , anywhere!
「笑って!そしてどんな時も、
どこにいても楽しもう!」
長い文章を最後までお付き合いくださいまして、ありがとうございます。
これからもよろしくお願いいたします。
古林 万由子
トラックバック(0)
このブログ記事を参照しているブログ一覧: 店長のプロフィール&自分史☆
このブログ記事に対するトラックバックURL: http://hk-ast.com/mtos/mt-tb.cgi/375
コメントする